COLLAGE◆SUPER NIL
東電OL殺人事件【前編】
父親の死と、男社会での挫折を経て、売春は始まった

 本紙4号にて「東電OL殺人事件」の著者・佐野眞一氏は、ノンフィクションライターの視点で「渡邊泰子の眼指しに晒されたこの世の姿」を浮き彫りにし、現代日本が抱える問題を鋭く指摘した。そして、斎藤学氏の精神科医としての目は、渡邊奏子の先に現代女性が抱く社会での限界感や性の問題をとらえた。父親を憧憬する一方で母親を軽蔑し、女性性を拒否した末の拒食。拒否レたはずの女性性に結局しぱられ、男性社会で挫折した彼女。前編である今回は、彼女を拒食症・売春に駆り立てた謎に迫る。
<精神科医として神戸の少年A事件以上に屹立する事件だと思っています。この種の事件はおそらく十年に一度もないでしょう。それほどこの事件は多くのことをわれわれにメッセージしている>
 今年の春に出版された、ノンフィクション作家・佐野眞一氏のルポルタージュ『東電0L殺人事件』(新潮社)の中で、佐野氏のインタビューを受けた斎藤氏はこう述べている。 東電0L殺人事件-3年前の春、渋谷円山町のアパートで女性の死体が発見された。その女性、渡邊泰子さん(当時39歳)は昼は東京電力の総合職社員である一方、夜毎ラブホテル街に立って売春の客を取り、さらに土日は五反田のホテトルに勤務していた。いったい、なぜ彼女は売春をしていたのだろうか?  今号と次号の2回にわたり、斎藤氏が強い関心を抱いている東電OL殺人事件を取り上げ、現代女性と性の問題について考えてみよう(事実関係については佐野氏の著書を参考にする)。渡邊泰子さんは、東京大学から東京電カに入社した父親と名門一家出身で日本女子大を卒業した母親との間に長女として生まれた。彼女は過剰とも思えるほど父親を憧憬していたが、大学2年の時、重役一歩手前だった父親がガンで急死。それをきっかけに拒食症になって入院した。28歳の頃、再ぴ拒食症で入院したが、その裏には出世を諦めるきっかけとなる社内的な挫折があったと想像されている。その3年後、関連組織の研究職に出向させられた頃から彼女はクラブホステスとなリ、事実上の売春生活を始めた。そして、死の前の数年間は、まるで会社勤めでもするかのように定刻通り円山町に現れては終電で帰宅する、という生活を送リ続けた。彼女はなぜ売春をしていたのか。その謎を解こうとするとき、彼女が拒食症という摂食障害者であったことが最大のキーポイントになる、と斎藤氏は述べる。
1度目の壁、父親の死が、彼女の女性性拒否を強めた
--父親の死と、拒食症による最初の入院との間には、どういう関係があるんでしょうか。
斎藤一般的に言って、肉親の死のような人生の危機に直面してストレスが高まった時、その反応として現れるのがアディクション(嗜癖)です。私は摂食障害というのはアディクションだと解釈しているんですよ、アルコール乱用や薬物乱用と同じようにね。女性のアディクションとしては盗癖や手首を切るといった自傷行為もありますけれど、彼女のような摂食障害がもっとも多いんです。彼女の場合に即してもう少し具体的に言うと、彼女の家には家父長的な家族システムがあったと思うんです。母親は名門一家の出であるために社会的には無能で、働いて収入を得るなんてしたことがない。そこを父親が補完して、生活の細々としたことも父親がやっていたんじゃないかと思います。そうすると当然、父親に愛着を持ち、父親との結合が起こりやすいし、父親の死はいろんな形で父親の取り込みという現象に結びつきやすい。つまり、亡くなった父親に自分を同一化するということです。
--自分も父親のようになろうと思った、ということですね。
斎藤実際、彼女は父親の足取りを辿るかのようだったでしょう。例えば、国家公務員試験を受けた。それに落ちて父親と同じ東電に入つた。部長ぐらいにはなろうと思っていたんじゃないですか。彼女が入社したのは1980年、男女雇用機会均等法が施行される何年も前のことです。そういう時代に彼女みたいな意識を持つのは、かなり変わった女性だと思いますよ。佐野さんの本にも書いてあるけれど、同期入社の東大出身の女性はそんな意識はおくびにも出さずにお茶くみをやっていたけど、彼女はエコノミストとしてやっていくんだと公言していたわけですから。要は、自分の性所属に対する彼女の意識、つまり彼女が女性という性をどう捉えていたかが問題なんです。端的に言えば彼女は父親を憧憶し、父親を取り込み、父親を目指した娘、そして母親を軽蔑した娘なんですよ。そういう傾向が父親の死によって強まったんじゃないですか。
--つまり、自分の女性性を拒否したということですね。
斎藤女性性の拒否というのは女のような体、子供を産む体になることを拒否し、学童期の男の子のような体になろうとするということてす。これが拒食症につながるわけです。食事をすると女の体になっちゃいますから。そのとき、女の象徴は母親だということで、母親批判がより強まる。こういうふうに、摂食障害には成熱拒否と母親批判という要索があるんです。だいたい摂食障害なんてソシアルな病気ですよ。性差問題が現代のように差別につながらなくなればいつの間にか消えちゃうと思いますよ。でも、現実には非常に多い。大学病院の精神科の入院患者の半分ぐらいを摂食障害者の女性が占めていますから。逆に、今の世の中に生きていて、その傾向が全然ないとしたら鈍いんじゃないですか。わき上がってくる性衝動に対する嫌悪感から摂食障害になる人もいます。性衝動は男のコ同様、女のコにとっても異物なんてやす。それを抑えるためには痩せるのがいいので、食べては吐くとい人もたくさんいる。
2度目の壁、女性性を白ら罰するため、売春へ走った
--拒食症で2度目の入院をしたのと同じ頃、同期の女性がハーバード大学留学のための社内選抜に合格し、一方彼女はその試験に落ちたと推測されていますが。
斎藤それが事実かどうかはわからないわけですが、ただその後、関連組織に出向させられたことも考えると、2度目の入院の頃、昇進に対する挫折感はあったと思います。それまで名誉白人ならぬ名誉男性、つまり男性杜会に参加することを特別に許された存在だったのが、ここに至って拒否された。その挫折感でストレスが生じ、ある程度バランスが取れていたのが崩れて入院したということじゃないですか。
--その後、事実上の売春生活に入るわけですが、これはどういう道筋なんでしょうか。
斎藤一般的に言って、性欲を滅退させるために10代で拒食症になった人は20代の終わりぐらいから(摂食障害の一種である)過食症に移行することが多いんです。そうすると今度は逆に、抑制されていた性衝動が一気に解放されちゃうことがあるんです。
--彼女が過食症に移行していたかどうかは、佐野さんの本を読む限り不明なわけですが。
斎藤資料がありませんし、過食症の人も食べては吐くので表面上は拒食症の人と同じように痩せこけていますから、体形を見ただけではわからない。ただ、いずれにしろバランスが悪いので、徹底的な拒否か逸脱的な乱用か、両極端に振れちゃうんです。そういう人というのは自分の女性性に嫌悪感を持っているから、凄いことをやっちゃう。彼女の場合も自分の肉体に対する懲罰てすよ、売春は。白分が会社社会で通用しないならぼ、どこで通用するのか?女として人の役に立つほうがましじゃないかということで売春に走る。これも回リまわった白已懲罰ですよ。ふつうはそこまで自分を破壊するようなことはしないんですが、彼女の場合は「自分の体が出世を妨げたんだから、こんなものは滅ぼしてやる」という明確な意識があったと思うんです。だとしたら、自分の肉体を呪ったとしてもおかしくないでしょう。一以下次号一
【参考文献】
●「東電0L殺人真件」(佐野眞一/新潮社)●「家族依存症」(斎藤学/新潮社)●「家族の中の心の病一「よい子」たちの過食と拒食』(斎藤学)●「インナーマザーは支配する一侵入するお母さんは危ない」(斎藤学/新講社)
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