COLLAGE◆SUPER NIL
 大人として十分に成熟していない男と女が父親と母親のマネ事をする。するとその子供は「家族を崩壊させないための素材として奉仕させられる」。つまリ「いい子」として振る舞うことを無意識のうちに強制される……。子供時代を振り返ったとき、我々には多かれ少なかれ、そうした面があるのてはないか。「いい子」であることは一見何の問題もない。それどころか、ときには家族の自慢の種にされる。主婦を殺害し、「人を殺す経験をしたかった」と供述している愛知の私立高校生も、その「いい子」ぷりが祖母の自慢だったと報道されている。だが、ここに大きな問題がある、と斎藤氏は指摘するのだ。
"子は、かすがい"日本人が作り出し、必死に追い続けける幻想
−−「かすがい」としての役割を強制されることがいかに重く、辛いものであるか.先生の著書にはそうした例が数多く紹介されていますね。
斎藤子供はどんな環境にも適応する力があるというのが特徴であり、いちばんいいところでしよう。しかし、両親の幸福に貢献するという適応の仕方ですから、残酷なぐらい重いんですよ。いつだって親の顔を見て、幸福かどうか判断しなくちやならない.ひとりっ子なんか大変ですよ。だから、その圧力に負けちやう人は早々と家を離れるか、自分がダメであることを証明するためにドロップアウトしていく。あるいは、「社会が悪いんだjとアンチソシアルな行動に出やすいわけです。じやあ、適応をうまくやっている人がいいかというと、そうでもなくてね。過剰適応で生きているだけで、そういう連中の一部が20代後半ぐらいに息切れして、「何のために生きているのかわからない」みたいなことを言い出すわけですよ。で、あと一歩踏み出せば、そこからアルコール、ギヤンブル、セックス……そういったアディクション(依存症)にいっちやう。で、スリルだけ求めるみたいな生き方をする。あるいは、とにかく忙しくしていれぱいい……。
−-般的にはそれがいちぱん多いのではないでしようか。
斉藤日本人はシステムからはみ出すのをすごく怖がり、あまり冒険しないでしよう。で、パチンコのように仕事依存症の典型みたいなゲームにはまったりしてね(笑)。仕事の後に攻略法なんか勉強したりして(笑)。覚醒剤なんて、あれは仕事をするために使う薬ですよ。昔、流行作家がヒロポン中毒(ヒロポンは覚醒剤の一種)になっていたようにね。アメリカやヨーロッパの連中も最近はすっかり覚醒剤系の薬が好きになっちやって、アンフェタミンとかスピードとかが流行っている。それはともかく、アメリカ人は「ワン・アウト・オプ・テン」と言つて、10人に1人のアル中がいるけれど、日本人はそんなに多くないですよ。酒もそんなに強くないしね。
--代わりに仕事中毒、というわけですね。
斉藤昔から、鉄砲担いで山行って狸を捕ってくるというのが日本の男の生き方で、家の中に父さん不在というのが当たり前。それで世の中万事うまく収まるということでずっとやってきたんです。インテリはともかく、庶民は父さんも母さんも顔の表裏がわからなくなるぽど真っ黒になるまで働いていた。で、夜の楽しみといったらセックスだけでね、年子がいっばい生まれて子供が10数人。もう子供はいらないというつもりで、最後の子供に「トメ」と名づけたのに、また生まれちやって、その子の名前が「ステ」……(笑)。いまの時代は山野も田畑もない。といって、亭主が家でゴロゴロしていたら大変なことになっちやうから、企業が親切にも場所を提供してくれたわけですよ、山野や田畑の代わりに.そういうユートピアが戦後ずっと続いてきた.ところが、もう制度疲労。
−-先ぽど「未成熱な父親、母親のもとに育った予供は、過剰適応しつつも、いずれ息切れしてしまう」という話でしたが、それは決して特殊なケースではないわけですよね。
斎藤自分がそういう問題を抱えていることを感じていないとしたら、それは相当純い奴ですよ。仕方なく毎日働いているけれど、人生、何のために生きているんだ……って。
−-以前は、そういうことを考えたり、しゃべることがはばかられるような惑じがありましたけれど。
斎藤この頃はみんな言いますよ,私のところに患者としてくる人だけじやなくてね。みんな冒険していないから、何のために生きているのか不安で、目の前の小さなことに固執して、不安を紛らわせようとしているわけでね。一見社員として優秀かもしれないけれど、細かなことばかりに気を取られて、大きな発想ができない。我々精神科医から見たら強迫神経症です。そういう「病人」が逆にうまく適応できるのが今の社会ですよ。強迫神経症だから、毎日決まった時間に電車に乗って、決まった時間に出社して、毎日毎日働いている。強迫神経症の典型は手洗い恐怖症でしよう。不潔恐怖のために、洗ってもしようがないと思いながらもまた洗う。いつも追いつめられているようで、幸福惑なんてないと思う。寝ていてもどこかに不安があるから、夜中に飛び起きたりしてね。で、救急車に乗ると落ち着く。そこまでいかなくても、会社の机の前で急にハアハアと息苦しくなって、ネクタイをゆるめるなんていくらでもあると思うんですよ。あまり深く考えても仕方がないから、同世代の連中と一杯やる。そこで家族関係ができるわけですよ、疑似家族関係が。その疑似家族と一緒にいる時間の方が長いわけですから、家に帰ると、何か変なのがいて(笑)……。
−-奥さん、ですか(笑)。
斎藤そう(笑)。で、むしろ机の上のパソコンの方に愛着が出てきて、インターネット中毒。そういう風にちよっとした神経症を抱えている方が当たり前の時代になっているんですよ。
 家庭に安住できない父親 子別れを拒む母親
−-そういう男が父親になると……。
斎藤いや、日本に本当の父親はいないの(笑)。で、お母さんがやるんですよ、父親の役目もね。躾から何から。で、すごくうるさい。しかも、昔はうるさい上に放っておいた。ふだんは放っておいて、何か悪いことをすると途端にうるさくなって、バカーンッてひっぱたく。でも、そういう関係の方が子供はよく育つんですよ。母親とすれば、子供にいつまでも自分にひっついていられると仕事はできないし、食えないから、子供は早いとこどっかへ行って働けって話になるわけです。それで、田中角栄じやないけれど、雪深いところから上京して……と話になる。それが母親の子別れを促進していたんです。いま思春期に起こる問題のぽとんどは、この子別れができていないことに由来するんですよ。過剰包装するような育て方をしているから、その子を家の外に出すと、まず親自身が寂しくなっちやう。子の親として初めて自分の生存意義を認めているような人が多くてね。「この子が小さいうちはどうしようもないわ」と言って世話をし、「中学を出るまでは」と言っておきながら、中学を出ると「高校を出るまでは」に変え、その後も「大学を出るまでは」「結婚するまでは」に変えていく。で、特に女の子の場合は親の家にいることになる。そうすると、結婚なんかする気にならない。まず母親が子供を手放さないから。それで、買い物から何から娘のすることについて行く。母親が女中さんみたいというか、母親が子供の妻をやっている。
−-そういう、いわゆるr一卵性母親」は多いですよね。
斎藤そういう女の子は30歳を前にするとよく留学するでしよう。自分を見つめ直すとか言って。で、1年か1年半で帰ってきて職を変えるだけで、いっこうに結婚しない。そうやってパラサイト・シングルになっていく。
−-母親との関係で言うと、男の場合はどうなんでしよう。
斎藤男の場合はもっとひどい事態になりますよ。
パラサイト・シングルとは、社会学者山田昌弘氏が規定したr学卒後もなお、親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者」のこと。山田氏は著書『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)で、その概念を用いてさまざな社会現象や経済現象を解釈しているのだが、斎藤氏は男のパラサイト・シングル状態が犯罪に深く関係していると分析する。(以下次号)

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